沖縄にきて1年

  • 2017.09.08 Friday
  • 10:28

 

沖縄に移ってきて、1年が経ちました。

 

小さい頃は、九州の田舎で、

物思いがついた頃、まだ自然が残る田園風景の中で生活していました。

生まれて、2、3歳までは、今は原発のある鹿児島の川内(せんだい)にいました。

小さすぎて記憶らしい記憶はありませんが、川内川近くで行われる、大綱引きのお祭りで、

たくさん人がいて、もみくちゃにされながら

綱の上に乗せられた記憶があります。

 

あのお祭りは、今も続いているのでしょうか・・

 

小さい頃の思い出は、一人で、畑でてんとう虫と遊んだこととか、

人が通らないようなところを通ってハチに刺されたこととか、

田んぼの横に、すずめよけで張られたネットにものすごい数のトンボが

ひっかかっていたこととか・・

自然の中に自分がいたことの思い出が、印象深く残っています。

 

父がサラリーマンだったので、小学校の頃は3度転校しました。

だんだん都会に近づいてきて、風景も、土からアスファルト、木の家から

鉄やコンクリートに変化していきました。

 

今年のはじめくらいからでしょうか、

沖縄にいるときはほぼ毎日、お世話になっている玉城ファームの番犬の

れーちゃんを散歩に連れていくのが習慣になりました。

玉城ファームは海からすぐそばにあるので、海岸まで出て、裸足になり

浜辺を歩きます。

海岸に誰もいない時は、犬を放します。

れーちゃんは、鳥を追って、遠くへいきながらも、常に私の存在を意識

しているのがわかります。最近は、犬にブラッシングをするようになった

のですが、遠くにいても、ブラシを振るだけで、尻尾をふりながら駆け寄ってきます

 

 

 

 

 

 

自然の中にいると、「変化」があたりまえだなとしみじみ思います。

 

 

同じ道を散歩していても、潮の満ち引きで、毎日変化する波打ち際。

優しい顔と、死をも意識させるような激しい顔をもつ海。

 

花の香りで、木陰に花が咲いているのに気がついたり、

ガジュマルの実がおちていたり・・

 

うつろいゆく環境の変化に、自然と目が向きます。

 

今朝、ようやく自分に自然の感覚が戻ってきたのを実感し、この気持ちを

書いています。                    

 

 

 

自然を敬えといいますが、敬えと言われて敬えるものでないな。。と思います。

敬っている気になっていた、偽善者だった。とも・・

 

自然の中にいると、自然は圧倒的で、敬うしかありません。

自然の中に生かされているんだ、

自然は絶対だという感覚が湧き上がってきます。

 

沖縄の海岸を歩いていて、まわりを観察していると、

自然はエネルギーを吸引する仕組み=吸引力で成り立っている。

と肌で感じるように変化してきました。

 

ああ、私は吸引のしくみの中にいるんだ。と、自然の心に

自分の心を合わせたとき、そして自然の心と自分の心が一致したとき、

ものすごい幸福感が訪れます。

 

 

それに対し、人間が作ったものはいかに不自然なものが多いか・・

海岸に流れ着いたゴミやペットボトル。

便利でついつい買ってしまう

ペットボトルですが、捨てられたペットボトルが、自然治癒力によって

分解さる過程で変化してできた小さなかけらを、小さな魚やクジラが

餌とまちがって、食べているそうです。

 

先日、海岸に打ち上げられて、死んでいた二頭のクジラの胃を調べたところ、

大量のペットボトルが出てきたことを知りました。

 

http://news4wide.com/ドイツの海岸に大量のクジラの死骸胃から出て/

 

 

 

                             

 

 



 

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